自己紹介。
漢方アロマとグリーフケアサロン月のおと 主宰の
藤代 みほです。
なぜ私がサロンをオープンしようと思ったのか
なぜこのコロナ禍に安定した大企業の会社員を辞めて
セラピストとして生きることを決めたのか
について書きました。
長文ですが、お読みいただけますと嬉しいです。
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子どもの頃のいじめや両親との関係から
人に嫌われること、批判されることを恐れ
自分の本心を言えず、常に誰かの目を気にしていた私。
出る杭は打たれるから出ちゃいけない
なるべく目立たないように
みんなと同じ、とにかく《普通》でいよう
と生きてきました。
そんな自分が嫌で、違う自分になリたくて
資格やブランドなど何かをプラスすることで
必死で自信をつけようとしてきましたが
自己肯定感は低いまま
心の底からは満たされてはいませんでした。
また、子どもの頃からお腹が弱く
貧血や体調不良に悩まされていましたが
そんな自分の弱さを受け入れられず
あえて体育会系の部活に入ったり
自分を痛めつけるどM行為を繰り返してきました。
社会人になってもどM根性は健在でした。
メーカー営業事務として働いていた会社員時代、
体調不良のオンパレードでした。
特に病名があるわけでもないけど常に体調が悪い。
頭痛薬、胃腸薬が手放せず、病院をハシゴしては
原因は分からず、『ストレスだね』と言われて終わり。
平日はヘロヘロになるまで働いて、週末は寝て過ごす。
という20代、30代を過ごしていました。
場の空気を乱さないように。
私が我慢すれば。
期待に応えなければ。
と、こころとからだの声を無視し続け
無理な仕事や誘いを断りきれず
ひどい食生活とオーバーワークを続けた結果
抑うつ状態と診断され休職します。
休職中に出会った今の主人と結婚しますが
心身ともにボロボロな状態だった私は
なかなか子どもを授かれず、不妊治療を始めました。
みんなが普通にできていることができない欠落感
罪悪感を抱えながらも
仕事を辞めることもできず治療を続けました。
もうこれでダメだったら子どもは諦めよう。
という想いで臨んだ6回目の体外受精で
ようやく妊娠に成功。
念願が叶いようやく授かれた喜びも束の間、
天国から地獄へ突き落とされたような出来事が起こります。
32週で胎児に異常が見つかり、緊急転院・即入院。
そしてその晩、緊急帝王切開で出産。
仮死状態で生まれた長男は
なんとか蘇生し、NICUの中の小さな保育器の中で
必死に生きようとがんばりましたが
生後わずか10日で短すぎる一生を終えました。
なぜ、この子が。
なぜ、私が。
こんな目に合わなければいけないの?
なんの苦労もなく妊娠して
妊娠中も問題もなくて
健康に生まれてくる子もたくさんいるのに
私は…この子はどうして?
自分を責め、運命を呪い
生きる気力すらなくなり
死ぬことも怖くない
早く長男のもとへ行きたいとさえ考えていました。
でも、時が経つにつれ
『もう一度、我が子を抱きたい』
というかすかな希望が生まれてきました。
そのためには、どうしたらいい…?
我が子にもう一度逢うために。
底知れぬ哀しみの沼にいた私に
再び前に進む力をくれたのは
「自分のこころとからだの声を聴く」
という言葉でした。
息子が私のところへ来た意味は?
なぜ私だったのか?
彼はその短すぎる一生で、何を私に伝えたかったのか?
ずっと自問自答を繰り返し導き出した
私なりの答えでした。
息子と一緒に行くはずだったハワイの大自然の中で、
「自分を大切にして、自分の人生を生き切ってね」
という息子からのメッセージを受け取ったように感じたのです。
前に進むためにまず私がしたことは
自分のからだをととのえることでした。
おいしく食べること・息をすること、自然を感じること。
そんな当たり前のことが、いかにできていなかったか…
自分のからだのサインを、いかに無視していたか…
本当の自分のこころに従い、一歩踏み出した世界は
思っていた以上にやさしく、心地いい世界でした。
今まで他人の目や評価を気にして本心を出せず
「完全自分迷子」で生きづらさを感じていた私が
そこから徐々に本来の自分を取り戻し
自分の人生を歩き出せるようになっていったのです。
必死で握りしめていたものを手放し、ゆるみ、満たされ、
健康になっていきました。
そして第二子を授かることができ、無事に出産。
子育てができる幸せを噛み締めながら過ごした育休が終わり復帰が近づいたある日、
ふとこのまま復帰してもいいのだろうか…という思いがよぎります。
そして「自分の人生を生き切る」という
長男との約束(と勝手に思っている)を果たすために
こころとからだ、両方を癒せるセラピストになろうと決意しました。
そのきっかけは
妊活中に読んで面白いと思った東洋医学の本で知った
「心身一如」という言葉。
こころとからだは繋がっていて
こころの不調はからだの症状に影響したり
からだの症状がこころの不調を招いたりもする
という意味です。
この言葉に出逢い、
こころとからだ、どちらか一方をケアしても根本的な解決にはならない。
両方からアプローチできるセラピストになりたいと強く感じました。
そして、
自分自身のこれまでの体調不良の原因と体質を知ることができた東洋医学と
フランスへホームステイしたときに初めて知り
抑うつ状態だった時など幾度となく、こころが救われたアロマセラピー。
この2つを融合させた漢方アロマセラピーを伝える師に出逢い
ぜひ学びたいと門を叩き、漢方アロマセラピストを取得。
また、こころのケアの面では
子どもを亡くした哀しみを知る者として、天使ママへのセラピーもできるよう
グリーフ専門士(advance)も取得しました。
より幸せで豊かなこころのあり方を学び伝えるため
瞑想やアドラー心理学の勇気づけを学び
さらにヨガニードラやヨガ哲学を学んでいます。
そして18年勤めた会社を今年退職し、12月22日に本格的にサロンをオープン予定。
子育てをしながらも、私が本当にありたい未来に向けて歩き出せています。
体調不良のオンパレードだった私が
常備薬を手放し、今や風邪も引かず、病院にも薬にもお世話になることもなくなり
いつの間にかアトピーも完治しました。
ちなみに保育園に通う息子も病気知らず。
のびのびと自由に(怪獣のように笑)育っています。
お母さんの『こころのあり方』が
家族にも派生していくことを肌で感じています。
かんばりすぎず、こころとからだを大切に生きる。
こころとからだがととのえば、暮らしがととのう。
暮らしが変われば、生き方が変わる。
こころもからだも、暮らしも人生さえも
思い通りにデザインできる。
このことを身をもって実感した私だからこそ
伝えられることがあります。
本当の自分を出せず周りを優先してしまいがちなあなたへ。
休むことが苦手で、がんばりすぎているあなたへ。
この体調不良さえなければ、もっと人生を楽しめるのにと思っているあなたへ。
誰にも言えない哀しみを抱きながら笑顔でいるあなたへ。
それは、かつての私自身。
かつての私のように、生きづらさを抱えているすべての女性が
こころとからだをゆるめ・満たし・巡らせて
本来あるがままの自分で、思い通りの人生を生きられるために
こころを込めて伴歩するー
それが私の使命だと気づき
その使命のままに生きています。
本氣でからだを、こころを、暮らしを、そして生き方を変えたいと願っている方に
届きますように…
お読みいただきありがとうございました。
Mail Magagine
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